東京地方裁判所 平成2年(カ)6号 判決 1990年8月03日
主文
一 本件再審の訴えを却下する。
二 再審に係る訴訟費用は、再審原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 当庁が昭和六二年(ワ)第四五〇七号立替金等請求事件(原事件)について、同年六月一六日言い渡した判決を取り消す。
二 再審被告の請求を棄却する。
三 原事件及び再審事件に係る訴訟費用は、再審被告の負担とする。
第二 再審原告の主張
一 再審原告は、昭和六二年四月、再審被告から原事件を提起され、当時の再審原告代表取締役佐藤悌二郎は、原事件の同年五月一二日の第一回口頭弁論期日に出頭し、請求棄却の判決を求め、請求原因事実は認めるとの陳述をした。原事件については、同年六月五日の第二回口頭弁論期日を経た上で同月一六日、再審被告の勝訴の判決がされ、判決は、同年七月四日、確定した。
二 右判決は、佐藤悌二郎と再審被告とが通謀して騙取したものである。
1 再審原告は、昭和四五年に資本金五〇〇万円で設立された会社で、不動産の賃貸、売買、仲介等を目的とし、佐藤悌二郎は、同六二年一〇月九日まで、その代表取締役であったが、右同日、裁判所によって叶弁護士が仮代表取締役に選任され、同六三年一月二九日以後、悌二郎の次男である再審原告代表者が代表取締役に就任した。また、悌二郎の妻佐藤チイ及び両名の長女佐藤典子も取締役に就任した。
2 再審原告の内部では、悌二郎と再審原告代表者、佐藤チイ及び佐藤典子との間に対立を生じ、株式の帰属等を巡って争いがあったが、昭和五九年暮れころ、悌二郎は、愛人の佐藤恭子らと図り、再審原告の唯一の財産の建物及び建物の共有持分を再審被告に売却しようとし、再審原告代表者らの申請に係る仮処分決定によって、これを阻止した。
3 そこで、悌二郎は、次の手段として、架空の債務をでっちあげて、その債権者から回収した金員の返還を受けることを計画し、再審被告と通謀して原事件を提起し、判決を取得しようとし、口頭弁論期日には、悌二郎において自ら出頭して前記のとおり請求原因事実を自白し、判決がされるに至った。
4 原判決が騙取されたものであることは、<1>請求に係る立替金債務が訴訟以前の再審原告の帳簿類に記載されておらず、再審被告から請求されたこともないこと、<2>悌二郎は、二〇〇万円から三〇〇万円の少額の事件についても弁護士に委任して争うのが常であったのに、原事件については、高額の請求であるにもかかわらず、自ら出頭して自白していること、<3>内紛があるとは言え、対外的には利害の一致するはずであるのに、原事件について再審原告代表者らに一切知らせていないこと、<4>債務が真に存するとしても、通常思い付く時効の援用もしていないこと、<5>再審被告は、以前に悌二郎が建物を処分しようとしたときにも協力しており、悌二郎による判決の取得に協力した蓋然性が極めて高いこと、以上の諸点から、明らかである。
三 原事件は悌二郎が自己の利益を図るため、通謀の上再審被告に提起させたものである以上、その事情を知っている再審被告との関係では、悌二郎には、再審原告を代表する権限がなかったもので、原事件においては、再審原告は、権限のある代表者によって訴訟を追行されておらず、右事件の判決には、民事訴訟法四二〇条一項三号に規定する再審事由がある。
第三 当裁判所の判断
一 昭和六二年四月、再審原告が再審被告から原事件を提起され、当時の再審原告代表取締役佐藤悌二郎が原事件の同年五月一二日の第一回口頭弁論期日に出頭し、請求棄却の判決を求め、請求原因事実は認めるとの陳述をし、同年六月一六日、当裁判所が再審被告の勝訴の判決をし、同年七月四日、右判決が確定したことは、原事件の記録から、当裁判所に顕著である。
また、再審被告及びその関係者について、とかくの風評が報道され、かつて、再審原告が執行を免れる目的でした仮想行為にも再審被告が協力したとの疑いを抱かせる事情があることも、再審原告の提出した資料から窺える。
二 しかしながら、再審被告の提起した原事件について、再審原告の利益とその当時の代表者である佐藤悌二郎の利益とが相反するなどの再審原告代表者の代表権限を疑うべき客観的事情は、全く存しない。
再審被告が原事件において主張する債権が存在しないものであり、それにもかかわらず、再審原告の代表者であった佐藤悌二郎が債権の成立の事実について真実に反する自白をしたという、再審原告主張の事由が存するとしても、処分権主義を原則とする民事訴訟法の下にあっては、自白が成立する以上、裁判所において債権の発生を否定すべくもなく、また、自白するに至る内心の動機が不法なものであっても、その当否について裁判所が干渉することは、許されてはいない。そのような制度の下では、内心の動機の違法の故に代表者が代表権限を有しなくなると解する余地はないし、違法な動機に基づく代表者の訴訟行為が後に再審の手続によって是正されることが予定されていると解することもできない。
三 再審原告の主張する事実は、民事訴訟法四二〇条一項三号に定める再審の事由には該当しないし、他に再審事由の主張はなく、本件再審は、不適法であり、その欠缺を補正することもできないから、却下を免れない。